rememberのゆめにっき

文筆の訓練のようなもの

或るイメージの描写

 境弌の家の敷地内には、いや敷地外にもだが、林があった。森と形容するには半端な広さと樹木の数だった。裏庭のそれは特にそうなのだが、繁茂した木々は年百年中日光をブロックしていて、どんなに快晴であってもその林の中は陰気だった。奥の方に進めばワラビや筍などが採れるらしいが、境弌はそんな田舎臭い食物には関心がなかった。

 庭はフットサルができるくらいの広さで、上から落とせば軽の車だったらぺしゃんこにできる位の大きさの岩が3つあった。由来は知らない。建造物は、母屋、隠居、納屋が3棟。庭木が多数。出来の悪い盆栽と観葉植物も無数にあったが、木に囲まれた環境下ではそれは半ば周囲と同化していた。

 敷地内から外のコンクリートの道に出られるところには、高さ15メートルくらいの、この辺り一帯に生えている樹木のなかではユニークと言えるだろう、白い像の肌みたいな幹の巨木が在った。巨木は天に行けば行くほど枝を展開していて、その枝には、目視で数えるにはちと面倒な数の、深緑色の葉が茂っていた。その葉の多くには、今にも地に滑り落ちそうな様子で水滴が付着していた。今朝方雨が降っていたのである。

 ふわりと、髪の毛が軽くなびくくらいの風が発生した。それは葉に付着した水滴を払いのけるには充分な力だった。

 巨木の末端部分は僅かながらに揺曳し、数多の雫が重力に従って地に落ちていった。

 

 境弌は図書館に出かける為、ガレージとして利用している納屋に停めてある、自車のマーチに乗り込んだ。左足でクラッチを踏み込んで、右手でキーを奥側に回し、エンジンを掛けた。境弌の車はマニュアル車だった。

 今思えば普通のオートマでもよかったな、と境弌は思う。マニュアル車を選択したのはその方が運転が楽しいだろうという考えからだったが、実際に運転してみれば何てことはない、期待していたシフトレバーによるギアチェンジは、別に面倒には感じないものの、特に楽しみを見出すこともできず、ただただそれは歯車を変える動作でしかなく、何らの感情も沸いてこなかったのであった。バイトで普通のオートマ車を運転したことがあったが、自分の車を運転する感覚と何ら変わりはなかった。

 今思えば映画に感化されていたのかもしれない。或る暴力的、それは猟奇的と形容してもいいくらいの、素行が悪い刑事が主人公の映画なのだが、その刑事がマニュアル車を運転するシーンがあった。そのシーンは後部座席からのアングルで、画面中央にシフトレバーを操作する刑事の左手が映し出されていた。状況に合わせて的確に、しかし荒々しく左、右、奥、手前に動かすその所作を観て、境弌は男性的な魅力を感じとった。それでマニュアル車の運転にある種の憧憬を抱いていたのかも知れない。

 しかし実のところ、理由は他にあった。境弌は高校を卒業してしばらくした後、教習所に通い出したのだが、そこには境弌の同級生らがいた。そして同級生たちの半数くらいはオートマ限定の免許を選択していたのである。それを知った境弌は、ならば俺はマニュアルを選択しよう、と考えた。オートマ限定の資格ではオートマ車しか運転できない、しかしながら、マニュアル車の資格を取ればオートマとマニュアルの両方を運転できる。これはどう考えても、マニュアル免許の方が優れている。

 実際今の自家用車はほとんどオートマ車になっているわけで、オートマ限定だからといって困ることはほとんどないのだが、人から抜きんでた才を持ち合わせているわけでもなく、ならばせめて勉学に励めばいいものを、そんなものは才能がない奴がやることだと誤った考えを持っている、実は何の才能もなくプライドだけが高い境弌は、マニュアル免許を持つことで優越感を得たかったのである。それはオートマ限定の免許所持者だけに通用する、えらい応用範囲の狭い優越感だった。境弌はこの優越感に対して、無自覚であった。優越感というのはそもそも自覚しにくいものなのだが。

 しかしながら、後年マニュアル免許が必須のバイトをする機会が訪れたので、あながちこの選択が間違っていたという訳でもなさそうに思える。

 

 助手席の足元には小さなゴミ箱が置かれている。ゴミ箱には、肌色のビニール袋に包まれたコンビニ弁当の箱が、沈没していく船みたいに捨てられていた。もう満杯だな。そういえば今日は火曜日でちょうどゴミの日だ。今だったらまだゴミは収拾されていまい。図書館に行く前に捨てに行こう。

 境弌はギアを一速に入れ、のろのろと車を発車させた。家の敷地から外に出る辺りで、2速にギアチェンジをしようとしたその時だった。境弌の車のフロントガラスに無数の雨粒が飛来して、タラタラッと小気味いい音を立てて弾け飛んだ。境弌の耳がその音を捉えたのとほぼ同時に、フロントガラスが粉々に砕け散った。雨粒と一緒に、人間の形をした何かが、直立不動の姿勢で落ちてきたのだった。その人間は両足でスタンプをするかのようにフロントガラスを突き破ってきて、そのまま車のシフトレバーにぶち当たり、破壊した。境弌はガラスの飛沫を浴びて、滅茶苦茶になった。

狷介な老人が200人くらいいる

 自分の語彙を増やすため、媒体を問わずとにかく自分が知覚した言葉のうち、意味が解らなかったり、曖昧なまま理解している言葉の意味を調べ、ノートに記す、という作業を数カ月前から行っている。ここで一回、それらの語句を以下に記したいと思う。

また、調べ上げた語句の中には

・自分の血肉にしたい言葉(日常でも適宜使いたいという意味)

・心理学に関係している言葉

とがある。血肉にしたい言葉はクリムゾン、心理学に関係する言葉はターコイズブルーにして編集している。

 

続きを読む

ノードラッグ、ノンアルコールで爆発しよう

「今迷っていることがある」

「迷っていることとは?」

「薬を飲んで今の辛い状態を軽くするか、それとも飲まずに苦しいまま過ごすか」

「薬とは?」

「精神科の薬。脳に直接影響を与えるもの」

「辛い状態と言ったが、具体的にどんな状態?」

「……それはまだ具体的に言語化できない。思いつく限りで言えば、虚無感があって、孤独感があって、未来に絶望していて、何の楽しみもなくて……っていうとこ。抽象的で何一つ分からないだろうけど。なんか具体的に言うことに対して羞恥があるな」

「ああそう。しかし薬を飲んで、それらの状態が緩和されるのであれば服用すればいいのでは?」

「それに対しては少し憚りがある」

「憚りとは?」

ナチュラルなものが一番強い、っていう考えがあるから」

ナチュラル?」

「うん。つまり、自然な、何にも毒されていない状態、薬とか酒とかタバコとか、そういうのに依存していないって言うことかな。ジャンキーってのは良くない。……まあ酒は飲んでるけど。

 この思想は昔聴いていたロックンロールのバンドの歌詞に影響されたものなんだ。真心ブラザーズっていうバンドなんだけど。真心の曲で『素晴らしきこの世界』っていうものがあって、その中の歌詞に、

『ノードラッグ、ノンアルコールで爆発しよう』

というものがあったんだ。俺はそれにすごく感銘を受けてね、そう、そうやって生きるべきなんだ、って。酒の力で暴れるのはみっともない、ナチュラルな状態で生きる力を爆発させよう、っていう」

「なるほど。つまり薬を服用すると、そのナチュラルな状態ではなくなってしまい、自分の思想に反してしまうと」

「うん……まあそうなんだけど、ただ……どうなのかなあ、別にそんな思想もうどうでもいいっていうか、もう生きていく気力なんて、ほとんどないわけ。昔は未来に希望を持ててたんだけど、今はもう持てないわけ。等身大の自分を知っちゃったのね。未来に希望を持てるから人は努力できるわけであってさ、もう俺は未来に対して希望がないわけ。だから頑張れないわけ。今までストイックにやりすぎてたのかもしれないし」

「……なんか話が全然見えねえんだけど」

「ああそう。とにかくまあそんなだから、もう薬を飲んでもいいんじゃないかっていう気持ちはある。自分の思想を守るよりかは、今の虚無感が晴れるほうを取る……かなあ。でもあれ副作用とかもあるんでしょ。それもちょっと気にはなるけど」

「まあ好きにしたらいいんじゃね」

「……でもなあ、その前に一回、カウンセリングを受けてみたいんだよなあ」

「カウンセリング?」

「そう。つまり、薬物療法じゃなくて精神療法。薬を使わずに済めばそれに越したことはないしね。そう考えてしまうあたり、やっぱりまだナチュラル志向なんだな」

「カウンセリングねえ。なんかうさん臭そうだぜ。ただ悩みを相談してアドバイスをもらうだけだろ。それで今の状態が解決するかね」

「いや、アドバイスはしないらしいよ。俺は河合隼雄さんのカウンセリングの本を読んだことがあるんだけどね、どうも解決する力というのは、クライアント……まあ相談する側の方だね、その方が持っているということなんだよ。そしてカウンセラーはそれを引き出してやって、アドバイスというのは基本しないということなんだ」

「ほう」

「俺はその考えが面白いと思った。今の状態を覆す力……それは、俺自身が持っているんだ。そう考えると、少し希望が湧いた」

「……」

「もっとも、全てのカウンセラーがそう考えているわけじゃないだろうが」

「そりゃそうだな。どこのカウンセリングルームに行こうとしているんだ?」

「ここから北西の方に所に行こうと思う。かなり遠いんだが。そこは二人のカウンセラーが同時にカウンセリングするらしい」

「変わってるな」

「とりあえずそこに行こうと思っている。ただ今月のバイト代が入ってからだな。今金欠なんだよ」

 

 あたかもカウンセリングを受けるのは初めてのような語り口調だが、実は以前一回受けたことがある。そしてその事実は両者とも周知の事実であった。何故なら二人は同一人物だからである。これはrememberの、自分自身との対話であった。

パンダみたいな困り顔

 バイト先のコンビニで、俺は一人の女子高生と同じシフトに入って一緒に働いている。背が160センチもない、キャピッとした感じの子だ。

 結論から言えば、この子は甘えている。何か失敗をしても多めに見てもらおうとする。常に困ったパンダのような顔をしていて、人からフォローされるのを待っている。ケアレスミスを、エヘヘヘ、とか言って許してもらおうとする。それが通用する場面や人もあるだろうが、毅然とした態度をとる職場の方がまともだろう。積極的に仕事をする場面もあるが、それは裏(厨房)に入って備品の補充をしたり、ファーストフードの作り置きをしたりと、マイペースにできる仕事ばかりだったりする。ほとんどの仕事は時間と戦っているわけであり、その戦いにはあまり関わろうとはしない。

 新しい仕事も覚えようとはしない。今日店長から頼まれて、仕方なく雑誌の返品の仕事を教えたのだが、終始例の困り顔で仕事の処理をしており、俺が、次はここをこうしてあれをこれして、とりあえずここまでやってみて、と教えるのだが、その一連の処理を終えた後、俺に、終わったんですけど、という視線を送るだけで、何も報告してこない。シカトしてもいいのだが、店長の指示の手前それもできず、あ、終わった? とわざとらしく彼女に近づき、次の指示を出して……という感じだ。

 まあ、たかがバイトだし、という考えもある。しかし彼女が仮に正社員として何らかの職業で働いたとしても、一人前に仕事ができるかどうかは俺には疑問だ。あれはおそらく、自分の価値観が社会では通じないことに狼狽している。その価値観はおそらく彼女の生まれた環境で培われたもので、彼女自身そのものと言ってもいい。自分はここでやっていけるのだろうか……その不安があの困り顔を作っている。

実は彼女は容姿がそこそこいいので、例の笑って許してもらおうとする処世術が往々にして通用してしまっている。もちろんそれが甘えなのだが、その甘えを粉砕する嫌われ役を、一体誰が担うのだろうか。一応今は店長が毅然とした態度をとっているが……

以前、彼女がオーダーされた軽食を作っていて、それがトロトロした動きで時間がかかっていた。ようやく彼女がそれを作り終え、客に持って行ったときに、例のあの困り顔で、お待たせしちゃって申し訳ありません、エヘヘヘ、みたいな感じで応対したのである。

俺はそれを見て、お客さん……

「遅えんだよ!」

って一喝してくれませんか、と願った。

偽のオリジナリティ

 

remember-7.hatenablog.com

  こちらの記事の続きになります。

 

 前回の記事で、私が芸術表現の中で一番影響を受けたのは音楽だということと、自分はその音楽を学びたかったのだが認めてもらえなかった、ということを記しました。

 そういえば元々この一連の記事は、私が絵を描くに至った経緯を記すつもりでした。なので絵の話に戻りましょう。

 

 小学生のころから絵は描いていました。どういう絵かというと、漫画やゲームのイラストの模写ですね。小学生向けの漫画やゲームの説明書、攻略本などに載っているイラストを凝視して、画用紙などに描いていたのです。

 今思うとそれは、絵を描くのが好きという気持ちももちろんあったのですが、どちらかと言えば、その絵をクラスメイトに見せてちやほやされたいという気持ちが強かったかもしれません。自分は絵が得意なのだと、優越感に浸りたかったのですね。そういえば合唱の練習で、歌詞が挟んであるファイルみたいなものを皆持っていたのですが、そのファイルの表紙に自分はとあるゲームのキャラクターを模写したのです。そして立位で発声練習などをするとき、その自分が模写した絵が、隣の女子に見えるように、さりげなく、すっと、床に置くのです……完全に相手からの称賛待ちです。私はこの頃から、自分から長所を売り込むということができなかったのですね。これは今になってもそうです。「あなたの長所は?」……恐ろしい質問です。私はなんて答えればいいのでしょう。私は平均以上の身長を有しているので、高いところにある物が取れます、と答えたらいいのでしょうか。いやこれは冗談ではなく、本当にそれくらいしか浮かびません。その長所を裏付けるだけの実績や根拠があれば言えるのでしょうが、私にはそれが一切空なのです。

 話を絵の方に戻しましょう。学校には美術や図工といった授業があります。絵が得意なら当然これらの授業も好きだったのではないかと思うものですが、私はどうだったのでしょう……好きでもあったし、嫌いでもあったような気がします……どちらかと言えば嫌いだったかもしれません。学校の美術に関するメモリーは、何か苦い味を伴っているのです。

 というのは、あの授業の課題というのは発想力やセンスといったものが試されるのですね。で、そこには本人の先天的なもの大きく関わってくると思うのです。

 私は何か、自分は特別な人間でなければならない、他の人とは違う感性を持っている、才能を持っている人間なのだ、という自意識が働いていて、それに見合うだけの作品を作らなければならない、と思っていたのですよ。それが苦しかった。ありふれたものは描きたくない。凡人ではいたくない。その為には皆から一目置かれるような作品を書かなければ……そういう考えにとらわれていたのです。

 つまり、才能がある人に憧れていたのでしょう。

 多少絵の素養はあるのかもしれない。しかし、絵を描くことに単純に技術だけでない、その人独自の、何か、を求めずにいられなかったのです。それにとらわれていたので、絵を描くことは苦痛でもありました。ただ、描写の技術は平均より上だったので、そこに優越感はあったように思います。

 ちなみに美術の様々な課題の中で、その独自性の問題に自分がどう対処したかと言えば、多くは模倣、でした。当時自分はゲームの雑誌を購読していて、その雑誌にはイラストコーナーが設けられていました。そこに載せられていたイラストから、アイディアや構図、テーマなどを拝借していたのです。そんな雑誌を読んでいるのはおそらく自分だけだろうからばれはしまい。そう思っていました。

 その「模倣」という行為自体は、創作においては何らおかしくない、当然のプロセスのように思います。誰だって最初から自分のスタイルがあるわけではなく、様々な方を模倣して自分の形を作っていく。そんな話はよく聞きます。

 ただ私は、その模倣した、自分自身の発想ではないものを、あたかも自分自身が発したかのようにして、人からの評価を得ようとしていたように思います。それは偽のオリジナリティなのです。模倣している、という自覚に欠けていたように思います。偽でしかないのに、真であることを望んだわけです。

 先生すごいでしょ、それ、俺が描いたんだよ、と。無論口にはせず、相手からの称賛待ちの態度で。

 

 これらの話は中学時代のエピソードです。中学校の生活は今振り返ると、総合的な判断としては、楽しかった、と言えるものだと思います。友達も普通にいて遊んでいましたからね。ただ中二の半ばあたりから勉強についていけなくなりました。進路の希望をかなえてもらえなかったし、それらを鑑みると挫折の季節でもあるのですが、なんだかんだ言っても楽しいと思えるのです。多分それは友達がいたからでしょうね。

 高校に進学した以降、そして現在に至るまでの記憶は、全ての色彩が失われています。友達がいないせいでしょうね。次回はその現在まで続く、空白の時間について記しましょう。

 

 

 比較的最近のものですが、少し自分が描いた絵の紹介をします。

f:id:remember-7:20170816005214j:plain

ネットで画像検索して拾った少女の模写です。プリンターの性能が悪かったようで、少しかすんでいます。

f:id:remember-7:20170816005330j:plain

一枚目の少女と同じ方です。

音楽への未練

 

remember-7.hatenablog.com

こちらの記事の続きになります。

 

 私は様々なジャンルの芸術を享受し、それを心のよりどころとして何とか社会にしがみついてきたのですが、その中でも特に自身にエネルギーを与えてくれたのは、音楽というジャンルだったように思います。

 それは、恐怖や不安が渦巻いている外の世界に飛び出す力を与えてくれるブースターでもあったし、その外の世界で傷ついた精神を癒す薬でもありました。前者はともかくとして、後者は逃避ですね。空想を助長させるような、イマジネイティブな楽曲を聴いてトリップし、過酷な現実から降りていたわけです。

 私が好きなミュージシャンに共通していたのは、皆シャウトしていた、ということでしょうか。聴くものを気持ちいい気分にさせるのを目的にしたような音楽は大嫌いで、自分の苦悩や怨念を放出しているような音楽を好んで聴いていました。そのミュージシャンに私は自分の姿を重ね合わせていたのですね。

 

 音楽教室に通ってギターを習っていた時もありました。割と呑み込みがよかったようで、先生から「家で結構練習してるでしょ?」と言われました。実はそんなに練習はしていなかったのですが……

 ただ、あるレベルまで達すると、どうしても乗り越えられない壁にぶつかりました。いっくら練習をしても、弾けないのです。思った通りに指が動いてくれないのですよ。

 ……結論から言えば、それで自分は教室を辞めてしまったわけなのですが、それは自分の限界を知ることを回避したのだと思います。どういうことかと申しますと、私はある種の「全能感」を抱いていたのですね。自分は素晴らしい才能を秘めていて、切磋琢磨すればとても流麗にギターを弾けるようになり、人の胸を打つことができる、そういう器なのだと……そう思っていたのです。しかし、乗り越えるべき試練があり、それを乗り越えられないと悟ってしまうことは、自身の全能感を失うことを意味する。それは嫌だ。俺は周りのやつらとは違う、特別な、カリスマを持っているんだ。たかだかこんな教室の課題くらい、なんてことはないのさ。

 無論そうした思考は無意識内に起こったもので、当時意識していたわけではありません(だからこそタチが悪い)。とにかく、全能感を失い、特別な存在でなくなることを恐れた私は、試練から遁走し、自分の部屋で誰に聴かせるわけでもなくひたすら独りで弾いていたわけです。

 誰にも聴かせようともしない。特に熱心に技術を磨くわけでもない。自分が気に入ったフレーズを何度も繰り返すだけ。

 そうして、自身の全能感に浸っていたわけです。

 

 音楽の教室に通っていたわけですが、別に音楽で食べていこうとは思っていませんでした(私は絵を描いていて、それで生きていこうと思っていた)。では趣味でやっていたのかというと、そうでもない。趣味という割には楽しんでやっていなかったし、何か、義務感のようなものもあったのです。あまりうまく表現できませんが、ただ、どういう形であれ、「音楽に携わっている自分」に、アイデンティティを見出していたと思うのです。

 ……私は音楽を学びたかったのですよ。中学の時の三者面談で将来の希望を問われ、音楽を学びたいと、音楽科のある高校の進学を希望したのですが、先生、母親両者共に認めてはくれなかったのです。おそらく音楽科というのは、幼少の頃からピアノなどを学び、既に音楽の理論なり素養などが身についている生徒が行くところなのでしょう。音楽理論のABCを知らない私が行けるところではなかったのだと思います。

 だけどそれでも私はあきらめきれず、市販のピアノの技術書を片手に、物置にしまってあったグランドピアノを弾いていたのです。私は何かと独学で物事を進めてしまう傾向があるのですが(=皆と関われない(=皆についていけない))、どうやらこの頃からそうらしいようです。

 陽の光が届かない薄暗い物置の中でピアノを練習していると、そこに母親がやってきて、私に一言、言い放ちました。

「お前がやっているのは、趣味のピアノだ」

 

 その一言が私の内面をどう変容させたのか、その時私はどういう感情になったのか……

わざわざ覚えているくらいなのだから、何かしらの出来事が私の中で起こったのだと思うのですが、それがよく思い出せません。自分が一体、どのような気持ちになったのか……

(ここで詩的な表現を用いて、自身の内的世界の変容をに示すことは出来ますでしょう。しかし、そういった事はしたくないのです。それは、自身の繊細さを自慢するようなものだからです)

 

 私には姉が二人いて、母親そのどちらにもピアノを習わせていました。私はピアノを習うことはなく、水泳や少林寺拳法を習わされていました。

 私はね、思うのです。もし俺にもピアノを習わせていたら、俺が一番伸びていたって、三人の中で一番音楽の素養があったのは俺なんだって。その仮定には何の根拠もないのですが。

でも、二十代中頃まで音楽の未練を断ち切れなかった私としては、どうしてもそう思わざるを得ないのです。姉二人はどちらも音楽を志そうとはしなかった。習わなかった俺が音楽を志そうとした。もし自分が音楽を習わせてもらえていたら……?

そんなもしもの話をしたところでなんの意味もないのかもしれない。ただね、俺は、曲りなりにも、受動的にインストールされた姉とは違って、自分で興味をもって、自分から進んで練習していたんだ。それを、そんな言葉で切り捨てなくてもよかったんじゃないかって……そう思うよ。

 

 

 

今はもう音楽は聴いていません。聴いて何かを感じとるだけの気力がなくなってしまったからです。本も読んでないし、ラジオも聴いていません。何もする気が起きないのが、今の自分の気持ちです。

 

続きはこちら。

 

remember-7.hatenablog.com

 

「反」の憧憬

 

remember-7.hatenablog.com

  こちらの記事の続きになります。

 

 前回の記事で、自分が今まで傾倒してきたアーティスト/作家を記しました。ジャンルは多種多様ですが、自分自身の感覚で言えば、一番影響を受けたのは音楽だったように思います。実際に楽器を練習していましたしね。次いで、文学、漫画、ゲーム、ラジオ、etc……という順になるでしょうか。

 しかし、全てがそういうわけではないのですが、基本的に私が強く惹かれた人物や作品には、共通してある性質を備えてしました。

 それは、「反」という思想です。

 反、つまり何かに反抗しているということです。社会に対して反抗する、規則に対して反抗する、世俗的な価値観に対して反抗する、権威に対して反抗する、教師に対して反抗する、既存の枠組みに対して反抗する、世界に対して反抗する……

 抗う対象は特になんだってよかったように思われます。とにかく、私は「反」を実行している人物に憧憬を抱き、それが正しいことだと思うようになったのです。

(ちなみに、音楽の分野ではこうした傾向を「ロックンロール」と表現する場合が多いのですが、自分自身の中にある「反」をそう定義してしまうことは違和感があります。ロックンロール、その言葉にあまりピンとこないのです)

 

 ではなぜ私は、そのアウトローな思想に惹かれてしまったのでしょうか……実はこういう自己分析はもううんざりしているのですが、他に書くこともないので頑張ってみます。

 2つ、理由が思いつきます。

①「反」を実行して、間違った社会を変えたかった。

②社会に適合できなかった。

 まず①の理由ですが、中学生の頃でしょうか、私は、この世の中は腐っているのではないか、という漠然とした考えに襲われました。その世界を腐らせている正体は割合はっきりしていて、言葉にすれば「権力」というものです。それは「悪」と言い換えてもいい程、私はその概念を憎悪していました。

 今、俺たちはグラウンドで楽しく体育の授業なんて受けているけど、いずれはその腐った社会に参加して、権力の傘下に入るんじゃないか……私は自分たちの未来を予見して、暗澹たる気持ちになりました。腐った社会の中で真面目に生きていくのは馬鹿らしいと思いました。

 ある日TVに映った、奇抜な衣装に身を包んだ忌野清志郎や、ドラマ「伝説の教師」に出演していた破天荒なキャラクターを演じる松本人志などを観て、こういう人の方がまともなんじゃないか、こういった人の方が実は正しいことをやっていて、世の中の大多数の人の方がおかしいんじゃないか、俺はこういう風に生きていくべきなんじゃないか……

 そして、世に蔓延る権力に対抗していくのが、俺なのではないか。

 当時の私は、無論そういう思考は無意識内のもので自覚できるものではありませんでしたが、そう思ったのです。

 その「反」をして生きていける職業……それは「芸術家」しかないのではないか。だから私は、芸術の道を志したという訳です。

 

 ②の理由の方ですが、実はこれはすでに記した①の理由の、真の意図、と言ってもいいようなものです。この考えが私の中に芽生え始めたのはごく最近の話なのですが、おそらくこちらの理由が真実なのだと思います。

 結局私は、皆についていけないほど脆弱で、世間知らずで、思考の道筋が歪で、極端に傷付きやすく面倒で、自分はものすごい潜在能力を秘めていると勘違いをしていた人間なのです。ただの社会不適合者だったわけですね。その社会不適合性を是認してくれるもの、それもまた芸術だったのですよ。多くの人は芸術家に対し、世間一般の常識を無視した、むしろその常識を覆す使命を持ったアウトローのイメージを持たれていると思います。御多分に漏れず私もそのようなイメージを抱き、自分のポジションをそのイメージの中に見出した、という訳です。

 皆についていけないのならば、ついていけるよう努力をすればよい。こう思う、いや、思えるのが理想だと思います。しかし私はそう思えなかった。まともな方向に努力ができなかった。ありのままの自分を是認してくれる、母親のようなもの、それを求めて、私は芸術を志したのです。

 

 私は権力に反することが正義だと勘違いして、実際に学校の教師の教えや、職場の上司の命令に歯向かうなどの行為をしていました。その間違った方向の努力を約10年も続けてしまいました。

 

 ここで、比較的最近の話になるのですが、私は自分がお手本にした「反」の人物を絵にしていました。何枚かご紹介したいと思います。

f:id:remember-7:20170814010330j:plain

筒井康隆さんです。若いころです。もの凄いイケメンです。

f:id:remember-7:20170814010636j:plain

町田康さんです。顔が少し歪です。申し訳ない。

f:id:remember-7:20170814010713j:plain

f:id:remember-7:20170814010726j:plain

忌野清志郎さんと坂本龍一さんです。

 

描いているときは全然楽しくなく、ひたすら苦しいだけでした。そう……苦しい思いをしているから、これは傑作になるんだ、と考えていましたね。

 

続きはこちらになります。

 

remember-7.hatenablog.com