rememberのゆめにっき

現実のことも書くが

牛乳を張ったバケツに足を突っ込む

今週のお題「好きなアイス」

 

 「アイス」と聞いて連想するのはかちわり氷でしょうか。サイコロ位の大きさの氷にほんのり柑橘系の味がついているあれです。子供の時分これが好きでよくガリガリしていました。何故か家の冷蔵庫によくあったのです。

 アイスにはあまり明るくない私ですが、思うにアイスはクリーム系とシャーベット系に大別できるのではないでしょうか。クリーム系というのはいわゆるソフトクリーム、多分牛乳などが原料になっているあの白いものですね(もちろん白くない場合もあります)。商品名で言えば、スーパーカップ、爽、ハーゲンダッツ雪見だいふく、ピノなど。それに対するシャーベット系というは、原料が氷でありそれに味をつけたもの、代表的なのはそれはもうかき氷ですね。市場にある商品名で言えば、ガリガリ君、サクレレモン、チューペットアイスの実などがこれにあたるでしょう。

 クリーム系とシャーベット系、わざわざ優劣をつける必要はどこにもないのですが、でもやってみましょう。アイスを食べる時、もしくは食べたいと思うとき、食べる必要がある時というのは一体どういう状況でしょうか。風邪をひいたときでしょうか。学校に行きたくないときでしょうか。勉強がはかどらずについつい漫画を読んでしまう時でしょうか。車検のせいで貯金が底をつきそうなときでしょうか。むかつく上司をどつきたいときでしょうか。好きなバンドが解散したときでしょうか。生まれ変わって心理学を学んでカウンセラーになりたいと思ったときでしょうか。などなど、若干私情を挟んだ荒唐無稽な例をいくつか出しましたが、いずれも的を得ていません。というかアイスを食べたいときなど考えるまでもありませんね。アイスを食べたいとき、それはまさに今、この時です。要するに今の季節、夏場ですね。夏になれば人はアイスを食べたくなる。何となれば、むき出しの太陽によって灼熱地獄と化した地上で人々は強制的に労働させられており、体温とストレスが急激に上昇、普段は気にならないちょっとしたことでも気になってしまい、もうこんなのやってられない、死んだほうがマシ、といった退廃的な気持ちが出てくる。しかしこの時アイスを食せば、その一時の「涼」が現在の鬱屈した気持ちを癒し、日常へと帰ることができる。このような事情で人はアイスを求めるわけですね。

 ということは、アイスの目的・存在意義とは、それを食べた人に対してどれだけ「涼」(=癒し)を与えられるか、ということになってくると思います。この観点から鑑みると、私はシャーベット系に軍配が上がるように思います。何故か。先程も申しあげたとおり、シャーベット系の原材料は氷です。氷ということはイコール水です。水。イメージしてください。ガスコンロの上で熱せられたフライパンの如く熱くなったアスファルトの上に、夕立がザザーッと降り、濛々と水蒸気が湧いて、ヒグラシが鳴いている……ね? とっても涼しげでしょう。涼を感じるでしょう。あとはそうですね、バケツを二つ用意してそれに水を張って、足を突っ込んでください……おや、何とも涼しげな顔をしてらっしゃいますなあ。体感温度が10℃は下がったんじゃないですか。

 このように、シャーベット系のアイスの原材料である氷=水には、人に「涼」を与える効果、それは直接的にもイメージ的にもそうですが、効果は絶大なのです。

 それに対してクリーム系のアイスはどうでしょうか。クリーム系のアイスの原材料は、主に牛乳です。はたしてこの牛乳に、人に「涼」を与える効果がどれほどあるのでしょうか。カンカンに照らされた大地に牛乳の雨が降ってきたら、人々は涼しみを感じると思いますか? 牛乳を張ったバケツに足を突っ込んだら涼しくなるのでしょうか? いや、実際に試したことはないので案外涼しいのかもしれません。しかしながら、牛乳に体の一部を漬けるという行為はかなり非日常的なもので、この非日常性が更に体温の上昇を促進させるという可能性が、無いわけではありません。

 以上の理由から、クリーム系とシャーベット系のアイスでは私はシャーベット系のアイスの方が、少なくとも人々に「涼」を与えるという観点では優れていると考えます。