rememberのゆめにっき

現実のことも書くが

3時間で100円とは安い

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  床、天井、壁、デスク、それらは全て、事務処理以外のことを考えさせない為に作られたような、飾り気の無いグレー。その空間の片隅に、何者かに案内されるように俺は移動する。その職場の制服であろうものを着た、俺と同じくらいの年齢の女性がデスクに座っていて、仕事の内容を教えてくれた。この仕事は「攪乱(かくらん)性○○」というソフトを使って、パソコンで何か作業をするらしい。どうやらこの女性が俺の指導役のようだ(俺は今からここで働くのか)。

 女性は俺に一枚の紙を渡し、空欄の部分に自分の名前を書けと命じる。その紙はメモに使うような小さな紙だったが、何か文章が書かれており、ざっと見てこれは何かの誓約書だと俺は判断した。女性の言われた通り俺は紙に名前を書いた。

 

 まず若干緑色を帯びた大洋が見えた。それはあまり美しいとは言えない色合いだった。その大洋をとらえる視点は手前の方にゆっくりと退いていき、やがて俺自身の視点と合一した。俺は入り江にいた。視野の奥の方から順に、浜辺に静かに波を寄せる海、キラキラと眩しい浜辺、そして俺がいる茶色い大地が見えた。俺は岩壁をショベルカーでくりぬいたような、浅い洞窟のような所に体育座りをして海を眺めていた。俺の後ろは土の壁だった。

 入り江には俺以外にも人間がいる。結構な人数だ。二十人くらいはいるのだろうか。皆何をしているんだろう。

 誰一人として会話をせず、静寂な時間が流れた。おそらく波の音もなかった。

 

 

 

 シッダールタ読了。主人公シッダールタの内的世界の成長・変化・機微を、全編にわたり東洋的な曖昧な言い回しで表現している、といったところだろうか。頭ではなく魂で理解するような本だった。

 この本がつまらないという訳ではないが、直観に頼って理解する部分がほとんどで、もっと西洋的な、厳密かつ理論的な部分が欲しかった。

 途中、シッダールタが遊女から快楽の施しを受け、俗世間を知るところは印象に残った。

 このヘッセという人も内向的直観型だろうな。作品を読んでそう思うところもあるのだが、それ以前に彼の顔写真を見ても強くそう思う。実に直観が主機能そうな顔つきである。この人はユングとも会っているらしいな。

 

 

 

 やがて入り江に船が出現した。そうか、俺たちは船を待っていたのか。

 俺たちは船に乗ろうと、海に設立されていた桟橋に移動する。俺の前方にも後方にも人が並んでいた。その桟橋の終端から船に乗り込もうとしたのだが、桟橋の終端と船の入り口との間は七メートルほどの間隔がとられていた。船の入り口からはタラップが伸びていたが、それは何故か海中に水没していて、まるで意味がない。船に乗り込むには少し泳がなければならない。

 その時、三十代くらいの男性の声が聞こえた。

 大丈夫です。君が背負っているリュックに入っている枕が、浮袋の役目を果たすので。

 ふと前方に目を向けると、赤いチョッキのようなものを着た男性が、船と桟橋の間の海に浮かんでいた。ライフセイバー? インストラクター? この人が言ったのだろうか。俺は今リュックを背負っていて、その中には枕が入っているのか。そう思った時、確かに俺はリュックを背負っていた。

 俺は躊躇することなく海に飛び込んだ。それは海がもの凄く綺麗なウルトラマリンだったからだ。海は猛暑の日のプールのような温度で、俺は海にプカプカと浮かんだ。俺たちは船に乗り込んだ。

 

 テーブル、椅子、カウンター、床、壁。それらがすべて重厚な木材で作られていた。天井につるされたランプがそれらをかろうじて見える程度に、暖色に染めていた。船の中は都会的な雰囲気のダイニングだった。ぼちぼち賑わっているようだった。

 俺は中学生の時の同級生の、陸上部員の男子と行動を共にしていた(俺は特に彼と親しいという訳ではない)。彼は二人掛けのテーブルにいきなりドカッと座った。俺は逡巡した。俺は彼と一緒に食事をしなければいけないのだろうか。だとして、俺は彼と何を話したらいいのだろう。彼は俺の考えなど意にも解さないように、上機嫌にメニューを閲覧している。迷った挙句、その彼の対面の席に座った。すると彼は席から勢いよく立ち上がって、どこかに行ってしまった。俺は一人取り残されてしまった。

 このダイニングには終始人々の会話が途切れることなく、起こっている。それは空気のようにあって当たり前といった様に、起こっている。あるいは背景の一部であるかのように。皆、一体何について話しているのだろう。仕事や上司の愚痴だろうか、異性との戯れの話だろうか、ファッションの流行のことだろうか、ペットのことだろうか、夏休みはどこにいこうかしらなのだろうか、アルバイトが思っていたよりきつくて辞めたいのだろうか、蟷螂が本を投げつけてきたことなのだろうか、インドに行って東洋的思想にまみれることなのだろうか、今食べている食事のことなのだろうか、「美味しい」の客観的基準というのはあるのだろうか、学校の課題のことなのだろうか、この船はどこに行こうとしているのだろうか、車検のせいで貯金が底をつきそうなのだろうか、政治のことなのだろうか……いや、こんなカジュアルな場所で政治談議などはしまい。とにかく俺は人々の会話に参加することができない。参加できるだけの、適切な言葉を持っていない。それらを習得する機会を得ぬまま、いや、自分から避けてきた。内省はもういい。俺は一人取り残されて、それを別に寂しいとは思わない、といったら嘘になる。でも寂しいなんて気持ち、もう麻痺してるんじゃないかしら。あまりにも寂しすぎて、寂しいことを寂しいと感じなくなっているのではないかしら。

 俺は孤独をごまかしたかった。少なくなくとも対外的には。今俺がいる席はダイニングの中央で、人目に付く。できれば端の方に行き、壁を背にして飲んでいたい。さも孤独が友人であるかのように。背後に何か空間があるのは嫌だ。移動しよう。

 レジが見える。そこに和風のファミリーレストランの制服のようなものを着た男性の店員が二人いた。先程の洗練されたダイニングに比べるといささか大衆色を感じたがそれはいいとして、そのレジの前の床がおかしなことになっていた。何か暑い蒸気が濛々(もうもう)と発生しているのだ。その床をよく見ると、縞模様に木材があって、木材と木材の間は隙間があった。蒸気はその何もない隙間から沸き起こっていた。何かいい匂いがした。炊き立てのご飯のような匂い、いや、それそのものの匂いだった。床の上には米粒が山のように盛り上げられていて、先ほどの男性の店員が時折その米を素手で攪拌(かくはん)していた。この床の上でご飯を炊いているのだ。……なぜ? ここは人の通り道で汚いと思うのだが。というか通行の邪魔になるのでは。そういうサービス、というか伝統があるのかな。俺が知らないだけなのかもしれない。無知の知

 

 ご飯の匂いはとても上質な、コシヒカリのような匂いがした。しかし俺はコシヒカリを食べたことはない。

 

 

 

 今日はバイトが休みだったから、気分転換のため車で東の方へ行った。東の方角には去年初詣に行った神社がある。

 まずその神社の付近にある駐車場に車を停めたのだが、駐車料金は百円/三時間と、安かった。そのまま徒歩で神社まで向かった。神社の入り口付近に着た瞬間、急にその神社への興味が失せて、踵を返して街中を散策した。街中の家屋はシャッターで閉められているところがほとんどだった。曲がり角をいくら曲がってもシャッターが見えた。

 途中、街路に五センチくらいの黒い虫がいた。体表には星のような黄色い斑点があった。こんな虫が部屋の中にいたら即刻排除するのだが、屋外ではそのような邪険な気持ちは少しも起こらず、むしろささやかな……なんだろうな、適切な言葉が出てこない。俺がまだその言葉を知らないだけかな。

 

 駐車場で百円を支払って、次にこの付近にあるインドカレー屋に向かった。店内には六人ぐらい、二つのグループかな、それくらいの客がいた。俺は入口に近い席に座って、ランチコースのマトンカレーのセット、マサイティッカという肉料理を頼んだ。

 マトンカレー……美味いじゃないか。この前イオンで食べたバターチキンカレーよりも美味いぞ。そっちよりも安いし。マサイティッカ……これはあんまりだな。肉にあまり味がついていない。これだったら日本のありふれた唐揚げの方が美味いな。

 店内にはBGMがかかっていなかった。そこは改善してほしいな、と思いながら店を後にした。

 

 カレーは美味かったが、道中楽しいと思う出来事は一つもなかった。この外出が気分転換になったかどうか、俺は判断がつかない。