rememberのゆめにっき

現実のことも書くが

さまようパーソナリティ

 私は高校を卒業した後、特にリベラルアーツを履修することもなく、フリーターとして職を転々としていました。その間、主にプライベートの時間で行っていたことは以下の二つです。

 

①とにかく何か、自分の中の何かを決定的に変えてしまうかのような、強烈な個性を持った、化け物みたいな作品/アーティストを探して、その作品を享受する。

②絵画の制作。

 

①の行為は、これは今になって振り返ってみると、私はロールモデルを探していたのだと思います。自分が社会の中でどう振舞えばいいのか、一体誰をお手本にすればいいのか、私はどこに向かって行けばいいのか、それらの答えを、私は「芸術」の中に求めたわけです。

どちらかと言えば、私は作品よりもそれを創作した作者本人に興味がありました。一体この人はどういう思想を持っているのだろう、どういう家庭に生まれ、どんな学生時代を送ったのか、自分を創作活動に向かわせたものは何か、どのようなライフスタイルを送っているのか……私が自分の行為の真の意図を「ロールモデルを探していた」と結論付けるのは、このように「人物」の方に着眼してしまうという理由からです。

私は、芸術にさしたる興味・関心がない人よりは僅かながら多い、しかし、真剣に芸術を志し勉学に励んだり創作活動をしている人よりはずっと少ない、量、の芸術作品を吸収し、そこから何かしら、曖昧な自分の輪郭をはっきりさせ、導となるものを見出すことに、成功したのでしょうか。

結論から言えば、失敗しました。自分は実は何もしていない、でもそういう何もしていない自分をメタ認知していて、メタ認知しているから、本当に何もしていない連中とは違う、そいつらは自分を俯瞰で見れていない、俯瞰で見れている俺は大丈夫なんだ、と思っていたけれど、私も結局、本当に本当に、何もしてこなかった。

自分が向かっている場所は虚無である。自分がしている行為は虚無でしかない。そう思っていたし、自分でそれをよくわかっているからこそ、大丈夫なのだと思っていました。それは大いなる勘違いであり、自分は痴れ者でしかありませんでした。それを真に理解したとき、私は真の虚無に包まれ、生を投げ出そうとしました。

しかしそれも失敗に終わり、今こうやって文章を綴っています。私のアイデンティティは未だ確立していません。

 

私が今まで傾倒してきた人物を、分野ごとに分けて以下に網羅したいと思います。

<文学>

町田康筒井康隆中島らもモブ・ノリオチャールズ・ブコウスキー

<音楽>

サンボマスターeastern youthbloodthirsty butchersnumber girlzazen boys田渕ひさ子向井秀徳真心ブラザーズyo-king岡村靖幸遠藤賢司、theatre brookエレファントカシマシ、ZUN、あぶらだこ大槻ケンヂじゃがたら忌野清志郎RCサクセション、無限マイナス、weather report

<漫画>

荒木飛呂彦冨樫義博榎本俊二東村アキコ佐々木倫子

<その他>

桜井政博須田剛一、やまだひさし、おぎやはぎウーマンラッシュアワー松本人志高須光聖河合隼雄、C.G.ユング

 

 自分としてはそれなりに色々と鑑賞してきたつもりなのですが、こうやって文字に起こしてみると、かなり少ないですね。もともと気に入ったものを何度も鑑賞して自分の世界に入り浸るのが好きだったので、その所為もあるのかもしれません。

 私が以上の人物の作品、或いはその人物から何を感受し、自分の行動や思想がどう変容したのか、それはまた別の機会に記そうと思います。

 

 もしこの記事を読んでいる奇特な方がいらっしゃれば、私はその人に気付いていただきたい点があります。それは私が冒頭にあげた、②の「絵画の制作」という行為と、私が観賞してきた芸術作品が、リンクしていない、という点です。

 一口に創作と言ってもそれには様々な形態があります。映像、音楽、文章、舞踊、陶芸、工芸、絵画、彫刻、演劇、建築、それらを複合させた総合的なもの……ジャンルは様々です。そして、もしそのいずれかの道を志す者がいたとしたら、その人の羅針盤が指し示す先には、その道の分野の先人たちがいるはずです。つまり、その先人たちの作品に強い影響を受けたから、自分もまたそのような存在になりたいと思う、そういう過程があったのだと私は思うのです。

 その志す者が、私のようにロールモデルを探していたのかどうかはわかりませんが……

 

私が上記に網羅した作家たちの分類には、「美術」や「絵画」という項目がありません。それは端的に言えば、私は美術の分野から何も影響を受けていないということです。好きな絵画は一つもありませんし、傾倒した画家は一人もいません。美術の歴史も何も知りません。

 

それなのになぜ私は、

 

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このような、訳の分からない、独りよがりで自己満足的・自己完結的な絵を、その行為に何の楽しみも見い出せず、ひたすら苦しい思いをしながら、約十年間にわたって、ほとんど人に見せることはせずに、隠者のように描いてきたのか。

いや、描いてきてしまったのか。

 

その理由をこれから明らかにしていきたいと思います。

 

続きはこちら。

 

remember-7.hatenablog.com