rememberのゆめにっき

現実のことも書くが

音楽への未練

 

remember-7.hatenablog.com

こちらの記事の続きになります。

 

 私は様々なジャンルの芸術を享受し、それを心のよりどころとして何とか社会にしがみついてきたのですが、その中でも特に自身にエネルギーを与えてくれたのは、音楽というジャンルだったように思います。

 それは、恐怖や不安が渦巻いている外の世界に飛び出す力を与えてくれるブースターでもあったし、その外の世界で傷ついた精神を癒す薬でもありました。前者はともかくとして、後者は逃避ですね。空想を助長させるような、イマジネイティブな楽曲を聴いてトリップし、過酷な現実から降りていたわけです。

 私が好きなミュージシャンに共通していたのは、皆シャウトしていた、ということでしょうか。聴くものを気持ちいい気分にさせるのを目的にしたような音楽は大嫌いで、自分の苦悩や怨念を放出しているような音楽を好んで聴いていました。そのミュージシャンに私は自分の姿を重ね合わせていたのですね。

 

 音楽教室に通ってギターを習っていた時もありました。割と呑み込みがよかったようで、先生から「家で結構練習してるでしょ?」と言われました。実はそんなに練習はしていなかったのですが……

 ただ、あるレベルまで達すると、どうしても乗り越えられない壁にぶつかりました。いっくら練習をしても、弾けないのです。思った通りに指が動いてくれないのですよ。

 ……結論から言えば、それで自分は教室を辞めてしまったわけなのですが、それは自分の限界を知ることを回避したのだと思います。どういうことかと申しますと、私はある種の「全能感」を抱いていたのですね。自分は素晴らしい才能を秘めていて、切磋琢磨すればとても流麗にギターを弾けるようになり、人の胸を打つことができる、そういう器なのだと……そう思っていたのです。しかし、乗り越えるべき試練があり、それを乗り越えられないと悟ってしまうことは、自身の全能感を失うことを意味する。それは嫌だ。俺は周りのやつらとは違う、特別な、カリスマを持っているんだ。たかだかこんな教室の課題くらい、なんてことはないのさ。

 無論そうした思考は無意識内に起こったもので、当時意識していたわけではありません(だからこそタチが悪い)。とにかく、全能感を失い、特別な存在でなくなることを恐れた私は、試練から遁走し、自分の部屋で誰に聴かせるわけでもなくひたすら独りで弾いていたわけです。

 誰にも聴かせようともしない。特に熱心に技術を磨くわけでもない。自分が気に入ったフレーズを何度も繰り返すだけ。

 そうして、自身の全能感に浸っていたわけです。

 

 音楽の教室に通っていたわけですが、別に音楽で食べていこうとは思っていませんでした(私は絵を描いていて、それで生きていこうと思っていた)。では趣味でやっていたのかというと、そうでもない。趣味という割には楽しんでやっていなかったし、何か、義務感のようなものもあったのです。あまりうまく表現できませんが、ただ、どういう形であれ、「音楽に携わっている自分」に、アイデンティティを見出していたと思うのです。

 ……私は音楽を学びたかったのですよ。中学の時の三者面談で将来の希望を問われ、音楽を学びたいと、音楽科のある高校の進学を希望したのですが、先生、母親両者共に認めてはくれなかったのです。おそらく音楽科というのは、幼少の頃からピアノなどを学び、既に音楽の理論なり素養などが身についている生徒が行くところなのでしょう。音楽理論のABCを知らない私が行けるところではなかったのだと思います。

 だけどそれでも私はあきらめきれず、市販のピアノの技術書を片手に、物置にしまってあったグランドピアノを弾いていたのです。私は何かと独学で物事を進めてしまう傾向があるのですが(=皆と関われない(=皆についていけない))、どうやらこの頃からそうらしいようです。

 陽の光が届かない薄暗い物置の中でピアノを練習していると、そこに母親がやってきて、私に一言、言い放ちました。

「お前がやっているのは、趣味のピアノだ」

 

 その一言が私の内面をどう変容させたのか、その時私はどういう感情になったのか……

わざわざ覚えているくらいなのだから、何かしらの出来事が私の中で起こったのだと思うのですが、それがよく思い出せません。自分が一体、どのような気持ちになったのか……

(ここで詩的な表現を用いて、自身の内的世界の変容をに示すことは出来ますでしょう。しかし、そういった事はしたくないのです。それは、自身の繊細さを自慢するようなものだからです)

 

 私には姉が二人いて、母親そのどちらにもピアノを習わせていました。私はピアノを習うことはなく、水泳や少林寺拳法を習わされていました。

 私はね、思うのです。もし俺にもピアノを習わせていたら、俺が一番伸びていたって、三人の中で一番音楽の素養があったのは俺なんだって。その仮定には何の根拠もないのですが。

でも、二十代中頃まで音楽の未練を断ち切れなかった私としては、どうしてもそう思わざるを得ないのです。姉二人はどちらも音楽を志そうとはしなかった。習わなかった俺が音楽を志そうとした。もし自分が音楽を習わせてもらえていたら……?

そんなもしもの話をしたところでなんの意味もないのかもしれない。ただね、俺は、曲りなりにも、受動的にインストールされた姉とは違って、自分で興味をもって、自分から進んで練習していたんだ。それを、そんな言葉で切り捨てなくてもよかったんじゃないかって……そう思うよ。

 

 

 

今はもう音楽は聴いていません。聴いて何かを感じとるだけの気力がなくなってしまったからです。本も読んでないし、ラジオも聴いていません。何もする気が起きないのが、今の自分の気持ちです。

 

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